Crush on Her

昨シーズン(2010年)の釣行で、忘れがたい1日がある。7月31日の土曜日に、山梨県の丹波川に出かけた日のことだ。いつものメンバーがJR中央線M駅に6時に集合し、私がクルマでピックアップして総勢4人で出かける段取りであった。

予定時刻より少し早めに到着した私は、駅前ロータリーからちょっと外れた一方通行の細道にクルマを停めた。で、エンジンを切った時、何か違和感を感じた。嫌な予感がして再びキーを回すと…2度と始動しない。年期の入った我が愛車のバッテリが完全に干上がってしまったようだ。家を出発する時は、ぎりぎりのパワーで何とかセルモーターが回ったのだろう…。

とりあえず待ち合わせ場所に行ってみる。既に到着したメンバーはいるものの、寝坊?した1人が20分遅刻するという。よし、この間に何とかしよう。ちょっとした用事を告げて、独りクルマに戻る。突然のことで慌てたが、クルマにブースターケーブルを積んでいたことを思い出したのだ。タクシー乗り場につけている先頭の運転手に近づき協力を仰いでみた。ところが「社の規定で禁じられているからダメダメ」とつれない返事。しょうがない、一般の人に頼むか…。土曜早朝でクルマ通りは少ないが、それでもやがてロータリーに侵入してくる1台が目にとまった。停車した場所まで約50m強を全力疾走である。部活に行く娘さんを駅まで送りにきたママさんらしかった。推定40歳台前半、かとうかずこ似のその女性は、息を切らした私を怪訝な顔で見つめながらも、ウインドウを開けてくれた。

事情を説明すると「分かったわ。あなたのクルマはどこなの?」とすんなりと協力してくれることになった。場所を指さして私がまず駆け出す。やっと辿り着く頃、ワイドホイールを履いた白いクラウンエステートが横を駆け抜けたかと思うと、一方通行の先で急旋回し、私のクルマの鼻先20センチぐらいにピタリと止まった。右の手根部だけでステアリングをくるくる回しながらのUターンが実に鮮やかだ。しかも運転席から下りるやいなやボンネットを自ら開け、バッテリ端子を覆うカバーを手際よく外している。次は私がケーブルをつなぐ番だ。プラスとプラス、マイナスとマイナスをつなげばいいもんだと思っていた。最後に黒ケーブルの一端を自分のマイナス端子につなごうとした時だった。「そこに止めちゃダメ!」と駆け寄ってきてケーブルを奪い、「マイナス同士はちょっと危険よ。この辺がいいわ」とエンジン本体に止めてくれた。「きっとこれでOK。さ、エンジンかけてみてっ」。

結局はオルタネータがいかれてしまっていた

彼女の救済によって、エンジンは息を吹き返した。安堵の瞬間だった。腕時計に目をやると6時15分。遅れたメンバーも、間もなく到着することだろう。これで何事も無かったようにスタートできる。これから山奥に釣りに行くことを告げると、しばらくは電装品を使わずに充電優先で走り続けた方が良いとのアドバイスをくれた。ケーブルをしまい、互いのボンネットを閉める。運転席に戻った彼女の元へ行き「本当に助かりました」と深々と頭を下げたその時、にこやかな笑顔で彼女が発したセリフが強烈だった。「こっちこそ、スッピンでゴメンね!」──どこまでもイカした女性である。あまりに素敵な振る舞いに久々に心がしびれた。この腑抜け状態の男を取り残し、妙齢の救世主はパァ~ンというエアホーンを響かせて、あっという間に視界から遠ざかっていった。(by ドングリ)

追記:単なるバッテリあがりかと思いきや、オルタネータの故障が発覚。いつまで走っても充電は遅々として進まない。この日は結局、行く先々で道行くクルマを停めて、バッテリーを借りる羽目になった。でも、皆さん、とても親切に協力してくれました。日本って素晴らしい。この場を借りて、お礼申し上げます。

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